ネタバレを含みますので、未クリアの方はご注意ください。
『クロノ・トリガー』の物語が大きく動き始める瞬間。
それは、クロノたちが未来の世界で「ラヴォスの日」を目撃したときです。
映像に記録されていたのは、A.D.1999年。
地下から姿を現したラヴォスによって地上は焼き尽くされ、世界は崩壊します。
ここで、ひとつ気になることがあります。
なぜ「1999年」なのでしょうか。
1000年でも2000年でもなく、1999年。
現在から見ると単なるゲーム内の年代設定に見えるかもしれません。しかし、『クロノ・トリガー』が発売された1995年の日本では、「1999年」という数字には今とはまったく違う意味がありました。
当時を知る人なら、一度は耳にしたことがあるでしょう。
ノストラダムスの大予言です。
目次
『クロノ・トリガー』は1995年に発売された
『クロノ・トリガー』のスーパーファミコン版が発売されたのは1995年です。
つまり発売当時、ゲーム内で世界が滅亡するA.D.1999年は、遠い未来ではありません。
わずか4年後です。
クロノたちが暮らしているA.D.1000年から見れば約1000年後ですが、1995年のプレイヤーから見れば「もうすぐやって来る未来」でした。
ここが非常に面白いところです。
もしラヴォスの日がA.D.2500年だったなら、プレイヤーにとっては完全なSF世界だったでしょう。
しかし1999年なら違います。
自分たちが実際に迎えることになる近未来です。
そして1990年代の日本で「1999年」と聞けば、あるものを連想する人が少なくありませんでした。
1999年といえばノストラダムスだった
1973年、五島勉氏の『ノストラダムスの大予言』が出版されました。
この本によって、日本ではノストラダムスの予言と「1999年の人類滅亡」というイメージが強く結びついていきます。
その中心にあったのが、ノストラダムスの『予言集』に記された「1999年7の月」と「恐怖の大王」をめぐる記述でした。
もちろん、実際に1999年に人類が滅亡することはありませんでした。
しかし1990年代前半は、まだ1999年が来ていません。
「本当に何か起こるのではないか」
そんな漠然とした不安や終末感が、テレビ番組や雑誌、書籍などを通して社会に広がっていました。
現在では少し想像しにくいかもしれませんが、当時の1999年には「世界の終わり」を連想させる独特の響きがあったのです。
そんな時代に『クロノ・トリガー』は1999年に世界を滅ぼした
ここで『クロノ・トリガー』に戻ってみましょう。
クロノたちはA.D.2300年の荒廃した未来へたどり着きます。
そこには豊かな文明も、美しい自然もありません。
人々は食料不足に苦しみ、荒廃した施設の中で細々と生き延びています。
なぜ世界はこうなってしまったのか。
その答えとして提示されるのが、A.D.1999年の映像です。
ラヴォスが地中から出現し、地上を攻撃する。
そして人類文明が崩壊する。
つまり『クロノ・トリガー』では、
「1999年に世界が滅亡する」
という、当時の日本人にとって非常に馴染みのある終末イメージが、ゲームの物語として本当に起きてしまうのです。
1995年に遊んでいたプレイヤーにとって、この場面は現在のプレイヤーとはかなり違った印象を持ったはずです。
ラヴォスは「恐怖の大王」なのか
すると、こんな連想もできます。
ノストラダムスの大予言に登場する「恐怖の大王」と、宇宙から飛来して世界を滅ぼすラヴォスは重ねられているのではないか。
確かに構図には共通点があります。
1999年。
突然訪れる破滅。
人類の力ではどうにもならないほど巨大な存在。
そして文明の崩壊。
ただし、ここは注意が必要です。
ラヴォスがノストラダムスの「恐怖の大王」をモデルにしていると、公式に明言されているわけではありません。
そのため、「ラヴォス=恐怖の大王」と断定することはできません。
一方で、1995年当時の日本において「1999年に世界が滅びる」という設定が、ノストラダムスを想起させるものだったことは確かです。
制作側がどこまで意識していたのかとは別に、プレイヤー側にはそう受け取る文化的な下地がありました。
1999年だからこそ「未来を変える」という物語が身近になる
そして私は、ここに『クロノ・トリガー』が1999年を選んだ面白さがあると思います。
『クロノ・トリガー』の根底にあるテーマのひとつは、
「決められた未来は変えられるのか」
という問いです。
A.D.2300年の未来はすでに滅びています。
普通の時間旅行作品なら、
「未来で起きてしまった出来事」
として受け入れることもできるでしょう。
しかしクロノたちは違います。
自分たちが暮らしているA.D.1000年から見れば、ラヴォスの日はまだ起きていません。
未来を知ってしまった彼らは、その未来を変えようとします。
そして1995年に遊んでいたプレイヤーにとっても、1999年はまだ未来でした。
ここに、
クロノたちにとっての未来と、プレイヤーにとっての未来が重なる
という面白い構造が生まれます。
クロノたちも1999年を知らない。
プレイヤーも1999年を知らない。
しかしゲームの中では、1999年に世界が滅びることだけは分かってしまった。
だから、それを止めに行く。
1995年という発売時期を考えると、『クロノ・トリガー』という作品に非常によく合った年代設定です。
世紀末という時代の空気
さらに1999年は、単にノストラダムスだけの年ではありません。
20世紀の終わりが近づき、西暦2000年という大きな区切りを目前にした時代でもありました。
当時は「世紀末」という言葉そのものに、どこか不安や終末的な響きがありました。
21世紀はどんな世界になるのか。
科学技術はどこまで進歩するのか。
人類はどうなるのか。
そうした未来への期待と不安が同時に存在していた時代です。
『クロノ・トリガー』は、そんな時代に「未来そのもの」をテーマにした作品として登場しました。
A.D.2300年という遥かな未来だけではなく、プレイヤーが実際に経験するはずの1999年を世界滅亡の日に置いたことで、ゲームの物語はどこか現実世界ともつながります。
実際の1999年には何も起こらなかった
そして現実世界の1999年。
もちろん、ラヴォスは地中から現れませんでした。
ノストラダムスの予言として広まったような人類滅亡も起きませんでした。
世界は2000年を迎え、その先へ進んでいます。
そのため現在『クロノ・トリガー』を遊ぶと、A.D.1999年は最初から「過去」です。
ここでも発売当時とは作品の見え方が変わっています。
1995年のプレイヤーにとっては、
「これから来る世界滅亡の日」
でした。
しかし現在のプレイヤーにとっては、
「現実では何も起こらなかった過去の日」
です。
同じゲームなのに、現実世界の時間が進んだことで、その設定が持つ意味まで変化してしまいました。
時間をテーマにした『クロノ・トリガー』という作品で、現実の時間経過によってゲームの印象まで変わっていく。
これもまた、この作品らしい不思議な現象なのかもしれません。
A.D.1999年は1995年だからこそ成立した絶妙な設定
『クロノ・トリガー』がなぜA.D.1999年を世界滅亡の日に設定したのか。
公式に「ノストラダムスの大予言が理由だった」と明言されているわけではありません。
そのため、直接的な元ネタだったと断定することはできません。
しかし『クロノ・トリガー』が発売された1995年の日本では、ノストラダムスの大予言によって「1999年=人類滅亡」というイメージが広く知られていました。
そんな時代に、
「1999年、世界は本当に滅びる」
という未来をプレイヤーに見せる。
そして、
「その未来は変えられる」
とクロノたちを立ち上がらせる。
公式な意図がどうであれ、この時代背景と『クロノ・トリガー』の物語は非常に美しく噛み合っています。
現在では、1999年も遠い過去になりました。
しかし1995年に初めて『クロノ・トリガー』を遊んだ人々にとって、ラヴォスの日はゲームの中だけの遠い未来ではありません。
わずか4年後に迫った、
「まだ誰も知らない未来」
だったのです。