ネタバレを含みますので、未クリアの方はご注意ください。
『クロノ・トリガー』には、少し変わった仕組みがあります。
ゲームを始めて間もない段階から、ラスボスであるラヴォスに挑戦できるのです。
もちろん、初めてプレイする「ニューゲーム」でいきなりラヴォスを倒せるという意味ではありません。
一度ゲームをクリアすると解放される「強くてニューゲーム」では、レベルや技などを引き継いだ状態で物語を最初から始められます。さらにリーネ広場の物質転送マシン付近から、物語をほとんど進めていない状態でラヴォスへ挑むことができます。
普通ならラスボスは、長い冒険の最後に待っている強敵です。
ところがクロノトリガーは、
「もう倒せると思うなら、今倒しに行ってもいい」
とプレイヤーに選択を委ねました。
しかも、単なるおまけではありません。
ラヴォスを倒したタイミングによって、その後に表示されるエンディングまで変わります。
なぜこんな仕組みを入れたのでしょうか。
そこには、クロノトリガーという作品が「時間」を単なる物語の題材ではなく、ゲームそのもののルールにしようとした痕跡が見えてきます。
目次
いきなりラヴォスを倒すとどうなる?
強くてニューゲームを開始すると、クロノたちは最初の千年祭から冒険をやり直します。
しかし、キャラクターの強さは前の周回から引き継がれています。
そしてリーネ広場の実験会場にある物質転送マシン右側の光を調べると、非常に早い段階でラヴォスへ挑戦できます。
そこでラヴォスを倒した場合、通常のエンディングにはなりません。
最序盤で倒した場合に見られるのが、特殊なエンディング「ドリームプロジェクト」です。
開発スタッフが登場する特別な内容で、本来なら何十時間もかけてたどり着くラスボスを、物語が始まった直後に倒したプレイヤーへのご褒美ともいえるエンディングになっています。
ただし、面白いのはここからです。
クロノトリガーでは、
物語の途中のさまざまなタイミングでラヴォスを倒せます。
ラヴォスを倒す時期によって未来が変わる
たとえばカエルにグランドリオンを渡したあと、魔王と戦う前にラヴォスを倒す。
あるいは魔王との戦いを終え、原始時代へ飛ばされたあとに倒す。
古代ジール王国まで進んでから倒す。
ラヴォスという同じ敵を倒しているのに、そこまでに経験した出来事によってエンディングが変化します。
これは少し不思議です。
普通に考えれば、
「ラヴォスを倒した」
という結果が同じなら、その後の世界も同じになりそうです。
しかしクロノトリガーではそうなりません。
なぜならクロノたちは、冒険の中でさまざまな時代に干渉しているからです。
誰と出会ったのか。
誰を助けたのか。
どの戦いを終わらせたのか。
どこまで歴史を変えたのか。
その状態でラヴォスを倒すため、同じラスボスを倒しても、その世界に残された歴史が違います。
「いつ倒したのか」そのものが、物語の結末になる。
これがクロノトリガーのマルチエンディングの面白さです。
ラスボスが「ゴール」ではなくなった
RPGにおいてラスボスは、通常なら物語の終着点です。
町を巡る。
仲間を集める。
装備を整える。
ストーリーを進める。
そして最後にラスボスへたどり着く。
つまりラスボスは、プレイヤーが決めるものではなく、ゲーム側から最後に与えられる存在です。
しかしクロノトリガーでは、強くてニューゲームに入った瞬間、その関係が変わります。
ラヴォスは、
「最後に戦う敵」から「いつ戦うかを選べる敵」
になります。
この変化はかなり大きい。
プレイヤーは、
「次のイベントを見なければならない」
のではなく、
「ここでラヴォスを倒したら、この世界はどうなるのだろう?」
と考え始めます。
物語を読む立場だったプレイヤーが、物語を途中で切る立場へ変わるのです。
「強くてニューゲーム」は単なる無双モードではない
強くてニューゲームという名前だけを見ると、
「レベルを引き継いで最初から無双できるモード」
に見えます。
実際、前周で育てたキャラクターを使えるので、序盤の敵を圧倒することもできます。
しかしクロノトリガーにおける強くてニューゲームの本当の面白さは、そこだけではありません。
一度知った歴史へ、知識と力を持ったまま戻れる。
これこそが重要です。
初回プレイのクロノたちは、未来を知りません。
プレイヤーも同じです。
何が起きるのかわからないまま、時代を移動し、少しずつラヴォスの存在に近づいていきます。
しかし2周目のプレイヤーは違います。
ラヴォスが何者なのか知っている。
未来がどうなるのかも知っている。
誰が仲間になるのかも、これから何が起こるのかも知っています。
つまり強くてニューゲームでは、
プレイヤー自身が「未来を知る存在」になっているのです。
時間旅行を扱うゲームとして、これほど相性のいい周回システムもありません。
プレイヤー自身がタイムトラベラーになる
考えてみると、強くてニューゲームは非常にメタ的な仕組みです。
ゲームの中ではクロノたちが時間を旅します。
しかし2周目になると、今度はプレイヤー自身が時間を巻き戻します。
最終決戦を経験した知識。
鍛え上げたキャラクター。
強力な装備。
そして未来に何が起こるのかという記憶。
それらを持ったまま、再びA.D.1000年の千年祭へ戻ってくる。
初回プレイではクロノと同じ目線だったプレイヤーが、2周目では作品世界の未来を知っている存在になります。
そこでゲームは問いかけます。
「未来を知っているなら、いつラヴォスを倒す?」
ゲーム開始直後でもいい。
カエルの物語を見届けてからでもいい。
魔王と戦ってからでもいい。
古代ジール王国の運命を知ってからでもいい。
プレイヤーが歴史のどこでラヴォスを倒したかによって、その世界の結末が変わります。
強くてニューゲームとマルチエンディングは、別々のシステムではありません。
二つが組み合わさることで、
プレイヤー自身に時間旅行を体験させる仕組み
になっているのです。
「全部見なくてもいい」という自由
クロノトリガーのマルチエンディングには、もうひとつ面白いところがあります。
すべてのエンディングを見る必要はありません。
普通に遊び、最後まで物語を進めてクリアするだけでも作品は成立します。
それでも、
「このタイミングでラヴォスを倒したらどうなる?」
と思った人には、ちゃんと別の結末が用意されています。
これは、かなり贅沢な作りです。
多くのプレイヤーが見ない可能性のある場面を、それでも作っている。
攻略上の効率だけを考えれば必要ありません。
しかし、その「見なくてもいいもの」が存在することで、プレイヤーは世界に自由があると感じます。
ゲームから、
「ここを通りなさい」
と命令されているのではなく、
自分で歴史を覗いている感覚
が生まれるのです。
クロノトリガーの自由は「どこへでも行ける」ことではない
現代のオープンワールドゲームと比べれば、クロノトリガーの移動範囲は決して自由ではありません。
シナリオの流れも大部分は決まっています。
しかし、この作品には別の種類の自由があります。
それが、
「物語をどこで終わらせるか」という自由です。
最後までイベントを見る必要はない。
すべての仲間の物語を解決する必要もない。
世界を完全な状態にしてからラスボスへ行く必要もない。
ラヴォスを倒せるなら、そこで物語を終わらせてもいい。
そしてゲームは、その選択を否定するのではなく、その時点の世界に合わせたエンディングを返してくれます。
一本道のRPGでありながら、どこで物語を閉じるかはプレイヤーに委ねられている。
クロノトリガーの自由さは、マップの広さではなく、ここにあるのではないでしょうか。
「いきなりラスボス」はクロノトリガーらしさの象徴
クロノトリガーで、いきなりラヴォスを倒すことはできます。
ただし、それは単なる裏技やお遊び要素ではありません。
一度クリアして未来を知ったプレイヤーに、
「もう一度歴史をやり直してみるか?」
とゲームが問いかける仕組みです。
そしてラヴォスを倒す時期を変えれば、歴史の結末まで変化します。
初回プレイでは、クロノたちが時間を旅する。
2周目では、プレイヤー自身が時間を旅する。
強くてニューゲームとマルチエンディングを組み合わせることで、ゲームシステムそのものが『時間旅行』になっている。
だからクロノトリガーでは、ラスボスにいきなり挑めるのでしょう。
「ラスボスは最後に倒すもの」
そんなRPGの常識さえ、時間を巻き戻せば変えられる。
それこそが、30年以上経ってもクロノトリガーのゲーム設計が語られ続ける理由のひとつなのかもしれません。